もはや私の愛読書の一冊になっているこの本↓

沖縄の新城島の豊年祭の次に気になったのは、神津島の二五日様というお祭りです。

神津島は伊豆諸島の真ん中に位置する島で、人口は二〇〇〇人ほど、マリンアクティビティの盛んな観光にうってつけの島です。

江戸時代は、伊豆諸島の他の島の例にもれず流刑地でした。小西行長の養女「ジュリアおたあ」もキリストへ信仰を捨てずに、この地に流されました。このおたあを祀る「ジュリア祭」も毎年行われているそうです。

で、肝心の二五日様。 お祭りのメインはこんな感じです。

旧暦の1月24日、新暦だと3月のはじめ頃、島の人々は全ての仕事を休み、家の中で過ごさなければなりません。

夜中に外を歩けるのは、物忌奈命神社の神職と祝衆だけです。

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この二五日様を見たものは祟られてしまうそうです。

彼らは海からくる神様(二五日様)を迎えに出向き、村内を巡礼して回ります。声を出してはならず、万一、誰かに会ったりしたら最初からやり直しです。

二〇〇〇人も人が住んでいる島で、夕方から誰も外に出てないってそんなこと現代で出来るのかな?若い子とか面白がって見物に来るのではないかな?

そう思って、ネットで検索してみました。

するとなんと神津島の神職さんのブログを発見!

こういうところが新城島とは違いますね。秘祭といっても人がちゃんとたくさん住んでいるところですのでネットでも情報が手に入ります。

昔ほど厳格ではなくなってきたにせよ、神事中はしゃべらず、後ろを振り返らないは、しっかりと守られているそうです。

公然と仕事が休める日なので、ゆっくり骨休めしたり、家族で島外に出かけたり、お祭りに関係なくエンジョイしてる方も多いそう。

そしてやっぱり外をフラフラ歩いている若い人達も時々いるらしく、そんなのに行きあったら、神事が最初からやり直しになるので、神職さんたちが隠れたりするそうです(笑)

それでも、昔から「二五日様の夜に外に出てはいけない、出たら祟られる」というのは語り継がれているので、一部の若者以外は風習を守って外に出ないようにしている様子です。

そもそも二五日様という神様はどういった神様なのでしょう。

起源ははっきりしていませんが、おそろしい伝説も残っています。

大島に過酷な税の取立てに来た代官一行が、島の若者25人に殺されます。 その代官達が怨霊となって、若者25人を追い掛け回します。若者25人は大島より南の島々に逃げ出しますが、代官の怨霊を恐れた島の人たちは若者たちの上陸を拒みます。そしてとうとう若者たちは遭難して亡くなってしまうのです。その若者25人がまたまた怨霊となって、受け入れてくれなかった島に毎年復讐にやってきて、それが二五日様になったのです。だから神津島だけではなく、他の伊豆諸島の島々にも二五日様はやってくるのだとか。

・・・・う~ん、おそろしいというかなんだかややこしいお話ですね。

怨霊から逃れたくて逃げた若者がまた怨霊になって、島民に祟る。祟られてなくなったりした方は、またまた怨霊になるのでしょうか?

ともあれ、現代も生きている秘祭が行われている神津島、行ってみたくてたまりません。