昨日、歌手で宇多田ヒカルの母である藤圭子さんの不法が届きました。まだ62歳の彼女を死に至らしめたのは何でしょう?

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知人の男性のマンションから飛び降りたというショッキングな報道から、自殺を疑われているます。遺書はないようですが。

生い立ち

藤圭子さんは1951年7月5日、岩手県に生まれ、北海道で育ちです。本名は阿部 純子(あべ じゅんこ)。

両親は浪曲師で、藤圭子さんも生活を支えるために、幼いころから歌っていました。昔から彼女を知る人は、「歌のうまさは子供とは思えなかった」というほどらしいですよ。

家計を助けるため、高校には進学しませんでした。

デビューのきっかけは、さっぽろ雪まつりのステージで歌っているところを、芸能関係者に見初められスカウト。17歳の時でした。1969年のデビュー曲は『新宿の女』。

2枚目の『女のブルース』でオリコンチャート8週連続1位、次のシングル『圭子の夢は夜開く』は10週連続1位、売り上げ枚数77万枚という快挙を成し遂げたんですね。

当時の77万枚という数字は驚異的なんです。

更に藤圭子さんは第1回日本歌謡大賞で大賞を受賞しています。日本レコード大賞の大衆賞も受賞し、もちろん、紅白にも出場しました。

 

1970年に歌手の前川清さんと結婚しますが、翌年には離婚。そして同時期に芸能界を引退し、渡米。それからは復帰と引退を繰り返し、徐々にフェードアウトすることになってしまいます。

 

1982年に音楽プロデューサーの宇多田照實(うただ てるざね)さんと再婚。翌年には長女を出産。言わずと知れた『宇多田ヒカル』さんです。

 

1993年には夫婦で事務所を立ち上げ、娘のヒカルさんもそこに所属しています。親子3人でユニット(『U3』)を組んだり、ヒカルさんのライブに圭子さんが飛び入りで参加したり、親子での共演も話題を呼びましたねぇ。

 宇多田ヒカルと疎遠?

順調に見える彼女でしたが、2000年を過ぎると徐々に暗い影が差してきます。

 

真相は解りませんが、ヒカルさんと疎遠になっていきます。

 

藤圭子さんはずっとアメリカと日本を行ったり来たりの生活が続いていたんですが、2006年には、NYの空港で42万ドル(当時5,000万円)を没収されてしまいます(後に全額返金される)。

理由は麻薬探知犬が反応したから、とのことです。

 

また、原因不明の病に侵されていたという話もあります。テレビの取材に応じた際も、苦しそうに語っていました。熱が下がらない、常に嘔吐感に苦しめられているなど。

 

何か重い病に蝕まれていたのでしょうか? それとも、相当なストレスでも抱えていたんでしょうか?

 

そして、あまりメディアにも出ないため、なじみが薄くなっていた矢先の訃報。

 

30代後半の男性と同居していた、西新宿にある部屋の13階の部屋から転落したのです。部屋で寝ていた男性は全く気づかなかったそうです。

 

歩道に仰向けに倒れている所を通行人が通報しますが、死亡が確認されました。遺書はなかったとのことですが、警察は自殺と見て捜査を進めています。

 

時代を彩ったスターがまた1人、姿を消しました。